第十四號
鍵合はせ
東京で開かない錠は、おれが作つた一つだけである
5,501字#人情#引揚

一
焼け金庫というものを、ご存じだろうか。
空襲で家が焼けると、家財はたいがい灰になるが、金庫だけは残る。鉄の箪笥だから燃えない。焼け跡を掘ると、黒く焦げた四角いものが、しゃがんだ人間ほどの大きさで出てくる。これが焼け金庫である。
ところが、焼け金庫は開かない。鍵は焼けている。鍵が無事でも、火で錠の中の筒が歪んで、差しても回らない。ダイヤルの字は煤で読めない。持ち主は、中に何が入っているかを知っていて、それを出せない。そこへ、おれが出ていく。
錠前屋の三好という。昭和二十二年、神田須田町の焼け跡に、万力一つと鑢の束を板の上に並べ、看板の代わりに、開かなくなった南京錠を縄に鈴なりに吊るしていた。風が吹くと、鉄がぶつかって、鈍い音で鳴る。それが店の呼び込みである。
商売の文句は決まっている。
――焼け金庫、開けます。中が無事なら一割、空なら五十円。
一割というのは、無事だった中身の一割である。空というのは、開けてみたら灰だった場合である。たいがいは灰だった。札束は、金庫の中で蒸し焼きになる。形は残る。帯封の跡まで残っている。持ち主が手を伸ばして、指が触れたところから、さらさらと崩れる。それを見ると、みんな同じ顔をする。おれは、その顔を見ないことにしている。開けたら、背を向ける。
錠前屋は、中身を見ない。これは親父の掟である。親父は神田で錠前師をしていて、理屈はこうだった。中身を見た錠前屋は、次から泥棒に見られる。見られたら、もう錠は頼まれない。だから見ない。見ないでいると、錠前屋は、開けたあとも錠前屋のままでいられる。
もう一つ、親父の言ったことで、覚えているのがある。
――錠前屋は、開けるのが商売だ。閉めるのは、商売じゃねえ。閉めるのは、誰だってできる。
おれはこの言葉を、長いあいだ、そのとおりだと思っていた。
※
焼け金庫の開け方を、少し話しておく。
壊すのではない。壊すなら鏨と玄能があればよく、それは錠前屋の仕事ではなく、鍛冶の仕事である。おれは鍵穴から、鋼の細い針を差し込む。先を曲げた針を二本。一本で筒を押さえ、もう一本で、歪んだ中の駒を、順に探っていく。駒は火で焼まされて、本来の位置から半分ほど狂っている。それを一つずつ、こちらで狂いの分だけ押してやる。
開けるのではない。錠の方に、開いた気になってもらうのである。
時間はかかる。一つに半日かかったこともある。その半日、持ち主はうしろで黙って立っている。息の音が聞こえる。焼け跡は静かだから、息の音と、針が駒に触れる音だけが、おれの耳に入ってくる。
その年の夏、日本橋の呉服屋だった男の金庫を開けた。中は無事だった。預金通帳が三冊と、株券が一束と、位牌が二つ。男はしばらく通帳を見てから、笑った。
「一割を、どうやって払いましょう」
通帳の金は、前の年の二月から、封鎖されている。おれが金庫を開けても、銀行の方が閉まっている。株券は、紙だった。
「位牌に、線香をあげさせてもらいます」とおれは言った。
男は、線香を一本、二つに割って、位牌の前に立てた。おれはそれを、一割の代わりに受け取った。
こういう商売である。
二
その女が来たのは、九月の、まだ暑い日だった。
国防色の、男物の上着を着ていた。袖を二つ折りにして、手首が出ている。髪は短く切ってあって、首のうしろが日に焼けていた。足元に、柳行李を一つ置いた。引揚者だと、見て分かった。あの頃、引揚者は見れば分かった。着ているものが全部、人からもらったもので、それでいて、妙に姿勢がいい。
女は手を開いて、鍵を一本、出した。
真鍮の、西洋錠の鍵だった。持ち手が丸くて、先に歯が四つ。使い込んで、角が丸くなっている。焼けてはいなかった。磨いてあった。
「焼け金庫は、どこにある」とおれは言った。
「ありません」
「じゃあ、錠はどこだ」
「ありません。――作ってください」
おれは鍵を見た。女を見た。
「鍵に合う錠を、作ってほしいんです」
話が逆である。錠前屋は、錠に合わせて鍵を作る。合鍵というのはそういうものだ。鍵に合わせて錠を作る者はいない。錠は工場で、型で抜く時代になっている。鍵の方が従うのである。
おれはそう言った。女は聞いていた。聞き終えてから、言った。
「でも、昔はそうだったんでしょう。鍵に合わせて錠を作ったんでしょう」
それは、そうだった。親父の時代の錠前師は、客の持ってきた鍵に合わせて、和錠を拵えた。鍵が先で、錠があと。親父はそれができた。おれは見て育った。やったことは、二度か三度しかない。
「大連の家の鍵です」と女は言った。
おれは何も言わなかった。
「家は、たぶん、まだあるんです。石の家でしたから。知らない人が住んでいて。扉もあって。鍵だけ、こっちに来ました」
女は、引揚船のことを少しだけ話した。持ち物は、ほとんど途中で取られるか、捨てさせられた。鍵は、小さいから残った。首から下げていた。
「扉は、向こうです。この鍵で開くものが、こっちに一つもないんです。それが、どうにも、落ち着かなくて」
おれは鍵を、もう一度見た。
四つの歯の高さが、それぞれ違う。歯の高さは、錠の中の駒の深さである。鍵というのは、錠の形を、裏から覚えているものだ。鍵がある限り、錠は、作れる。理屈の上では。
「南京錠でいいか」
「はい」
「百円だ。開けるより高い」
「閉めるのは、商売じゃないからですか」
おれは、たぶん変な顔をしたのだと思う。女は上着の内から財布を出して、百円を払った。志津と名乗った。品川の引揚者寮にいる、と言った。
※
三晩かかった。
胴は、焼け金庫の扉の鉄を切って作った。開けたあと、持ち主が要らないと言って置いていった金庫が、焼け跡に二つ三つ転がっている。そこから板を切り出し、火を入れて叩き、鍵穴を穿つ。中の駒は、鑢で削る。鍵の歯に合わせて、一本ずつ、高さを出す。
鍵を差して、回らない。削る。差して、回らない。削る。削り過ぎれば、別の鍵でも回る錠になる。それでは意味がない。この鍵でだけ回って、ほかのどんな鍵でも回らない。そういう深さを、鑢で探る。
三晩目の、夜中に、回った。
カチリ、という音は、焼け金庫の開く音と同じだった。おれはしばらく、それを聞いていた。
翌日、志津が来た。南京錠を渡すと、柳行李の掛け金に通して、鍵を差した。回した。閉まった。
志津は、何も言わなかった。しゃがんだままで、閉まった錠を、しばらく見ていた。それから鍵を抜いて、首の紐に戻した。
「開けてみないのか」とおれは言った。
「開くんでしょう」
「開く」
「じゃあ、いいんです」
三
噂というものは、焼け跡でも立つ。
須田町の錠前屋は、鍵に錠を合わせてくれる。そう言って、人が来るようになった。
みんな、鍵を持っていた。扉は持っていなかった。
焼け出された者が来た。家の鍵を、空襲のあいだ握っていて、それだけが残った。復員兵が来た。四年ぶりに戻った家に、知らない一家が住んでいて、鍵が合わなかった。樺太から来た者、京城から来た者、奉天から来た者が来た。みな、鍵の形が少しずつ違う。
麹町の老人が来た。家は焼け残った。ところが、焼け残ったので進駐軍に取られた。接収である。錠は付け替えられ、門には横文字の札が下がった。老人は自分の家の門の前を、毎朝、通って見に行っているという。
「わしの鍵で開くものを、一つ、こしらえてくれんか」
おれは作った。老人はそれを、焼け跡に建てた自分の小屋の戸に掛けた。莚を下げただけの戸である。錠を掛ける意味は、何もない。
「これで、家へ戻った気がする」と老人は言った。
子供も来た。十くらいの、疎開先から戻って、戻る家のなかった子である。親の家の鍵を、御守りと一緒に袋に入れていた。おれは小さい南京錠を作ってやった。子供はそれを、貯金箱に掛けた。中には、何も入っていない。
闇屋も来た。鍵を出した。
おれは見て、断った。鍵の歯が、新しかった。削った角が立っていて、まだ油の匂いがした。これは、よそ様の倉庫の合鍵である。錠前屋は中身を見ないが、鍵は見る。鍵を見れば、その鍵がどこで生まれたかは分かる。
「開ける方なら、やってやる」とおれは言った。「おまえの焼け金庫を持ってこい」
闇屋は、持ってこなかった。

※
おれは、開ける商売から、閉める商売になった。
昼は、焼け金庫を開ける。夜は、錠を作る。閉める方が、よく売れた。東京には、開けるものより、閉めるものがなかった。
親父が生きていたら、何と言ったか。閉めるのは誰だってできる、と言うだろう。だが、閉めるものがなくては、閉められない。扉のない町では、閉めるものを作るところから、始めなければならない。それは誰にでもできることではなかった。少なくとも、鑢の使える者にしか。
志津は、月に一度ほど来た。
錠に油をさしてほしい、と言う。南京錠に油なんぞ、年に一度でいい。だが、来るたびに、おれはさした。行李の掛け金に掛かった錠を、志津が外して、おれが油をさして、志津が掛け直す。鍵を回す音を、おれは聞く。それだけである。
志津は、進駐軍の洗濯場で働いていた。手がいつも、ふやけて白かった。咳をした。咳をすると、袖で口を押さえて、しばらく横を向いていた。
「錠前屋さんは、中身を見ないんでしょう」と、一度、志津が言った。
「見ない」
「じゃあ、この中に何が入っているか、聞かないでくださいね」
「聞かん」
「訊かれたら、答えなくちゃいけない気がするから」
「訊かん。訊かんが、――重くはないな、それは」
志津は笑った。咳をして、笑った。
「軽いんです。わたしの持ち物は、全部で、こんなものです」
四
秋が終わって、志津は来なくなった。
十二月に入って、知らない男が来た。引揚者寮の世話役だと言った。柳行李を一つ、背負っていた。おれの作った南京錠が、掛け金に掛かっていた。
志津は、十一月の末に死んだ。肺を病んでいたのである。
世話役は、一枚の紙を出した。志津の字だった。おれは志津の字を見たことがなかったが、見れば分かった。
――錠前屋さん。鍵は持って行きます。錠はあなたの作ったものですから、あなたなら開けられるでしょう。中は、大したものではありません。開けても、開けなくても、好きにしてください。お世話になりました。志津
「鍵は」とおれは言った。
「首に、下げたままでした。そのまま、焼きました」
世話役は帰った。
おれは、柳行李を台の上に置いた。
南京錠が、一つ、掛かっている。おれが作ったものである。中の駒の深さを、おれは四つとも覚えている。鑢の目の数まで覚えている。針を二本差して、一分あれば開く。焼け金庫より早い。開けられない道理がない。
開けなかった。
※
その晩、おれは露店に残って、行李の前に座っていた。針は二本、台の上に出してあった。手は、膝の上にあった。
開ける道理を、考えてみた。
焼け金庫は、開ける。持ち主がうしろに立っていて、中身を欲しがっているからである。欲しがっている者のために、錠の方に、開いた気になってもらう。それが錠前屋の仕事である。
この錠は、違う。持ち主は、閉めるために、作らせた。開くものがこっちに一つもないのが落ち着かない、と言って、作らせた。それで、閉めた。閉めて、鍵を首に下げて、一度も開けずに、持って行った。
閉めてくれと頼まれた錠を、頼んだ本人のいないところで開けるのは、錠前屋ではない。泥棒である。
それだけのことなのだが、それを飲み込むのに、おれは一晩かかった。
行李を、持ち上げてみた。
軽かった。中で、何か柔らかいものが、片方へ寄る音がした。紙か、布か。それ以上は、分からない。分からないままにしておく。

五
行李は、台の下に置いてある。
客は、たいがい気がつく。錠前屋の店先に、錠の掛かった行李があるのは、妙なものだからである。
「開かないのか」と訊く者がいる。
「開かないんじゃない。開けないんだ」とおれは答える。
「中は」
「知らん。錠前屋は、中身を見ない」
中身を見ずに買おう、と言った闇屋がいた。あの頃、そういう商売があった。何が入っているか分からない箱を、分からないまま値をつけて売る。おれは断った。闇屋は、鍵のない錠の掛かった行李を、ずいぶん高く値踏みしていった。
麹町の老人は、春に、家が返ってきた。接収が解けたのである。老人は、小屋の戸に掛けていた錠を外して、家の門に掛けた。進駐軍の付けた新しい錠の、その横に、二つ並べて掛けている。片方の鍵は進駐軍が置いていった。片方の鍵は、おれが合わせた。
「どっちで開けても、入れる」と老人は言った。「だが、こっちの方が、入った気がする」
貯金箱の子供は、来なくなった。親類が見つかって、甲府へ行ったと聞いた。貯金箱に何か入れてから行ったかどうかは、知らない。
焼け金庫は、だんだん減った。焼け跡が片付いていくからである。片付いた焼け跡には、新しい家が建ち、新しい錠が付く。工場で、型で抜いた錠である。鍵の方が従う錠である。おれの商売は、合鍵と、錠前直しになっていった。
それでも、鍵だけ持って来る者は、まだいる。
おれは、作ってやる。鍵の歯を読んで、駒を削って、この鍵でだけ回る錠を作る。百円は、取らなくなった。
※
焼け金庫を、おれは百いくつ開けた。開かない錠は、東京に一つもないと思っていた。
いまは、一つある。おれが作ったもので、鍵は、大連の女と一緒に灰になった。中身は知らない。錠前屋は、中身を見ない。
夜、店を仕舞うとき、台の下に手をやる。鉄の錠が、冷たい。閉まっている。
行李を持ち上げてみることは、いまでも、ある。
軽い。空の行李と、同じくらいの重さだ。大連というのは、だいたい、そのくらいの重さなのだろう。
— 完 —