第十三號
ただ見
飴を買はない子らだけが、續きを知つてゐた
5,202字#怪奇#人情

一
紙芝居屋の客には、二種類ある。飴を買う子と、買わない子だ。
買う子は前に座らせる。舞台の真ん前、自転車の荷台にいちばん近いところに、地べたへ尻をついて並ばせる。飴は一本五円で、水飴を割り箸に巻いたのと、型抜きの薄荷と、日によって酢昆布がある。五円玉を握ってきた子は、それだけで一人前の客である。
買わない子は後ろに立たせる。これを、わたしらの商売では「ただ見」と呼ぶ。
ただ見を追い払う紙芝居屋もいる。拍子木で頭を叩いて回る乱暴なのもいる。わたしはやらない。飴を売る商売ではあるが、子供を追う商売ではないと、これは先代に教わった。先代というのは、わたしにこの自転車と舞台を譲った梅村の親方で、親方自身はもう膝が利かず、いまは牛込の焼け残りの二階で「梅村画劇社」の看板を出し、絵を貸す側に回っている。
紙芝居屋は、絵を自分で描かない。描くのは絵描きで、それを画劇社が貸元として抱え、わたしら売り子は毎朝、その日の巻を借りに行く。一巻十枚ほど、ボール紙に泥絵の具で描いて、裏に台詞が書いてある。借り賃を払い、飴を仕入れ、自転車で縄張りを回る。三十を過ぎて、南方から痩せて帰った男にできる仕事は、そう多くなかった。
わたしの縄張りは、本所の焼け跡だった。昭和二十三年の夏の話である。
※
梅村画劇社の看板は、「影法師丸」という続き物だった。
黒い頭巾の少年剣士が、髑髏の面をつけた悪党一味から、さらわれた村の子らを取り返して回る話である。筋はたわいない。ただ絵がよかった。描いていたのは柳という先生で、泥絵の具の安い赤を、どうやってああ燃えるように塗ったのか、同業の誰に聞いても分からなかった。影法師丸が月を背負って屋根に立つ一枚など、子供らは拍子木が鳴る前から息を止めて待っていた。
柳先生は、二十年の三月十日に死んだ。本所の、それこそわたしの縄張りの、どこかの壕の中で死んだと聞いている。
それで「影法師丸」は、第四十七巻で止まっている。
四十七巻の終いの一枚は、影法師丸が髑髏一味に捕らえられ、崖の上から縄で吊るされている絵だ。下は滝壺である。縄には火がついている。裏の台詞はこうだ。
――さあ、影法師丸の運命や如何に。続きはまた明日。
明日は、来なかった。
梅村の親方は、新しい絵描きを雇って別の続き物を始めたが、どれも当たらなかった。子供というのは正直なもので、つまらない話には飴を買わない。結局、親方は柳先生の古い巻を一巻目から刷り直して――刷るといっても、手描きを手描きで写すのだが――売り子に回し続けた。四十七巻まで行ったら、また一巻目に戻る。子供らの方も心得ていて、四十七巻の日が来ると「また明日だ」と言い合って帰っていく。明日になると、一巻目が始まる。
止まった話を、ぐるぐる回して食っている。わたしらの商売は、そういう商売だった。
二
ただ見の子らのことを、わたしが妙だと思いはじめたのは、その夏の盆の前だった。
本所の焼け跡には、毎日のように三人か四人、ただ見が来た。それ自体は珍しくもない。妙なのは身なりで、八月の、地べたから湯気の立つような夕方に、そろって防空頭巾をかぶっている。綿の入った、顎の下で紐を結ぶ、あれである。戦争が終わって三年も経てば、町の子はとうに頭巾を雑巾にしている。
顔は、頭巾の庇でよく見えない。いつも後ろの、空き地の端の、焼けた土蔵の影のところに立っている。飴を売りに行くと、すっと影の奥へ下がる。紙芝居が始まると、また出てくる。
わたしはそういう子らを、空襲で焼け出された家の子だろうと思っていた。頭巾しか被るものがないのか、それとも頭巾を脱ぐと何か困ることがあるのか。どちらにせよ、ただ見を追わないのがわたしの流儀だったから、何も言わなかった。
その日は、四十七巻の日だった。
崖の絵を抜いて、拍子木を二つ打った。
「さあ、影法師丸の運命や如何に。続きは――」
「知ってるよ」
後ろから声がした。
前の子らが、一斉に振り向いた。土蔵の影の、ただ見の一人だった。頭巾の紐を固く結んだ、小さな女の子である。
「影法師丸はね、縄を歯で噛むの。火が縄を焼き切る前に、自分で噛み切って、滝壺に落ちるの。落ちたら、水の中に、髑髏の隠れ家の入口があるの」
前の子らは、ぽかんとしていた。それから洟垂れの大将格が、「嘘こけ」と言った。「続きなんか、ねえんだぞ。柳の先生は死んだんだから」
女の子は何も言い返さなかった。頭巾の中で、ちょっと笑ったように見えた。それから土蔵の影へ、すっと引っ込んだ。
わたしは拍子木を打ち直して、「続きはまた明日」と締めた。前の子らは「明日も一巻目だろ」と囃しながら散っていった。土蔵の影には、もう誰もいなかった。
※
翌朝、牛込へ巻を借りに行くと、親方が渋い顔で待っていた。
「辰三、おまえ、昨日の箱に何か入れたか」
親方が、わたしの返した箱から一枚、抜いて見せた。
四十七巻は十枚組である。それが十一枚あった。
十一枚目は、滝壺の絵だった。黒い水が渦を巻き、その真ん中に、縄の切れ端をくわえた影法師丸が、頭から落ちていく。水の底に、ぼうっと赤く、洞穴の口が開いている。
あの赤だった。安い泥絵の具の赤を、燃えるように塗る、あの赤である。
裏には台詞が書いてあった。柳先生の字だった。わたしは何度も見ているから分かる。右肩上がりの、句読点を打たない、急ぎの字である。
――影法師丸は縄を歯で噛み切ってざんぶと滝壺へ。さて水の底に見えたるは。
「おれは知らん」とわたしは言った。
「おれも知らん」と親方は言った。
わたしらは、しばらくその一枚を眺めていた。絵の具は乾いていたが、触ると、まだ少し指に付いた。
三
それから毎日、一枚ずつ増えた。
増えるのは、決まって、ただ見の子らが続きを喋った翌朝だった。
わたしは試しに、四十七巻の崖の一枚から、昨日増えた滝壺の一枚へ進めて演じてみた。前の子らは目を丸くした。嘘こけと言った大将格が、いちばん前で口を開けていた。拍子木を打って「さて水の底に見えたるは」と止めると、後ろの影から、男の子の声がした。
「穴の奥にね、さらわれた子らが、みんな居るんだよ。髑髏の頭目が、子らに石を運ばせてるの。隧道を掘らせてるの」
翌朝、箱の中に、洞穴で石を運ぶ子らの絵が一枚、増えていた。
前の子らは、もう嘘こけとは言わなかった。それどころか、飴が売れた。四十七巻から先が見られるのは本所の焼け跡だけだという噂が立って、よその縄張りから子供が集ってきた。五円玉を握って、わざわざ電車に乗ってくる子までいた。三年この商売をやって、あれほど飴が売れたことはない。
ただ見の子らの数も、増えていった。三人が五人になり、五人が八人になった。みんな頭巾を被っていた。前の子らは、だんだん後ろを振り向かなくなった。振り向いてはいけないものだと、子供なりに悟ったのかもしれない。あるいは単に、続きが早く見たかったのかもしれない。

※
親方の御内儀に呼ばれたのは、増えた絵が十八枚になった日だった。
親方は商売っ気を出していた。増えた絵を、他の売り子にも回そうとしたのである。若い絵描きに写させた。ところが写した絵は、どれも途中で白くなった。描いた端から、ではない。写し終えて、箱に入れて、翌朝見ると、泥絵の具が紙からそっくり剥げて、白いボール紙に戻っている。裏の台詞だけが残っていて、それも柳先生の字ではなく、若い絵描きの字で、「つづく」とだけあった。
「あの人のは、あんたのとこの子らのためのもんだよ」
御内儀は、二階の奥の、柳先生の古い道具を仕舞った行李の前で言った。
「辰三さんは、知らないだろうけどね。あの人、空襲が来ると、壕の中で子らに紙芝居をやってたんだよ。絵なんか持って入れやしないから、口だけでね。真っ暗ん中で、影法師丸の続きを、その場ででっち上げてさ。子らが怖がって泣くもんだから」
「四十七巻の先を、ですか」
「四十八、四十九、五十。壕に入るたびに、話が進むんだよ。子らは続きが聞きたくて、警報が鳴ると、喜んで壕に駆けこんだって。おかしな話だけど」
御内儀は、行李の蓋を撫でた。
「描く暇がなかったんだね。昼は絵を描いて、夜は壕で喋って。描くより、喋る方が先へ行っちまった。あの晩も、そうだったんだろうよ」
あの晩、というのは、言うまでもない。本所の壕は、どこもひどかった。わたしは縄張りの焼け跡で、それがどこの壕だったのかを、たぶん毎日、踏んでいる。
「続きを知ってるのは、あの壕の子らだけなんだよ」と御内儀は言った。「あの人が最後に喋ったところまで」
四
それで、わたしは考えた。
話には、終わりがある。柳先生があの晩、どこまで喋ったのかは知らない。だが、ただ見の子らが続きを言い、絵が一枚増えるたびに、話は確かに終いへ向かっていた。洞穴の子らは隧道を掘り終え、影法師丸は髑髏の頭目と一騎打ちをし、頭目の面を割ると、中から出てきたのは――これは、子らの名誉のために伏せておく。とにかく、話は、片付くべきところへ片付きつつあった。
終いまで行ったら、どうなるのか。
ただ見の子らは、続きを聞きに来ている。続きがなくなったら、来る用がない。
わたしは、それが惜しかったのだと思う。飴が売れなくなる、という勘定も、正直に言えば無くはなかった。だがそれより、土蔵の影に並ぶ頭巾の列が、ある日ふっと居なくなるのが、どういうわけか、ひどく惜しかった。わたしは南方で、点呼のたびに減っていく列を三年見てきた。減る列を見るのは、もう沢山だった。
だから、一度だけ、ずるをした。
増えた絵の、最後から二枚目――さらわれた子らが隧道を抜けて、月夜の野原に出る一枚――のところで、わたしは拍子木を打たなかった。前の巻へ戻って、もう一度、崖の一枚から演じ直した。翌日も、その翌日も、同じところで止めて、戻した。
ただ見の子らは、何も言わなかった。続きも言わなかった。黙って、土蔵の影から、わたしを見ていた。
三日目の夕方、あの頭巾の女の子が、前の子らの間を抜けて、自転車のそばまで出てきた。初めてのことだった。近くで見ると、頭巾の縁が、焦げていた。
「おじさん」と女の子は言った。「続きは、また明日?」
わたしは返事ができなかった。
女の子は、舞台の横から、箱の中の、最後の一枚を指さした。わたしが抜かずにおいた一枚である。
「先生はね、そこまで喋ったの。そこで、みんな眠くなっちゃったの。だから、おしまいを、まだ誰も見てないの」
※
最後の一枚を抜いた。
月夜の野原だった。隧道を抜けた子らが、手をつないで、遠くの村の明かりへ歩いていく。先頭に、黒い頭巾を脱いだ影法師丸がいる。脱いだ頭巾の下の顔は、どこにでもいる、坊主頭の、ただの子供だった。村の明かりだけが、あの赤で塗ってあった。
裏の台詞は、短かった。
――子らはみな家へ帰りました。影法師丸のお話はこれでおしまい。
わたしは、それを読んだ。読み終えて、拍子木を打った。柝の音が、焼け跡に二つ、からんと響いた。
前の子らが、わっと手を叩いた。電車で来た子も、大将格も、手を叩いた。
後ろの土蔵の影で、ぽす、ぽす、と、綿の入った手袋で叩くような、くぐもった音がした。
顔を上げたときには、影には誰もいなかった。地べたに、焦げた頭巾の紐が一本、落ちていた。

五
翌朝、箱の中の絵は、四十七巻の十枚に戻っていた。増えた二十何枚は、どこにもなかった。親方は帳面を見て、一晩、唸っていた。
前の子らは、しばらく「影法師丸の続きを見た」と言ってよその子に自慢していたが、証拠の絵がないのだから、誰も信じない。秋が来る頃には、本人たちも、見たのか見なかったのか、怪しくなっているようだった。子供というのは、そういうふうにできている。
困ったのは、わたしの方である。
影法師丸は、完結してしまった。完結した話を、一巻目からまたぐるぐる回すわけにはいかない。四十七巻の日に「続きはまた明日」と言えば、子らは「もう終わったじゃん」と言う。見たのか見なかったのか怪しいくせに、そこだけは覚えている。
それで仕方なく、わたしは自分で描いている。
絵はひどい。泥絵の具の赤は、わたしが塗ると、ただの赤である。話もたわいない。黒い頭巾の少年剣士が、髑髏の面の悪党一味から――と書きかけて、それではまるきり柳先生の焼き直しだと気づき、いまは頭巾を白にして、悪党を狐の面にしている。前の子らは、半分は嘘こけと言い、半分は飴を買う。
ただ見は、相変わらず来る。今度はみんな、生きている子だ。頭巾も被っていないし、影へも引っ込まない。飴を売りに行くと、ばつの悪そうな顔をして、半歩だけ下がる。
わたしは追わない。
毎日、話の終いで拍子木を打って、こう締める。
「さあ、運命や如何に。続きはまた明日」
明日の分は、まだ一枚も描いていない。それでも明日は来るものだと、わたしは近ごろ、あてにすることにしている。
— 完 —