第十一號
燈り売り
その岬では闇が賣り物で、燈りは釣り銭だつた
2,004字#海洋#闇市

一
岬の燈台は、二十年の六月に灯を落としたきりである。
空襲で灯室をやられたのだと町の者は言うが、正しくは機銃で灯器が割れただけで、塔は立っている。立ってはいるが、レンズの替えが来ない。役所に聞けば、順番だ、と言う。順番が来るまで、この海峡は夜になると、ただの黒い水になる。
わたしは復員して半年、その黒い水のそばの町で、荷揚げの日雇いをしていた。海軍で三年半、探照灯の係だった。光を向ける側の技術というものは、潰しがきかない。
声を掛けてきたのは、浜の顔役で亀谷という男である。亀谷は桟橋の突堤にわたしを立たせ、沖を顎で示した。
「夜、この海峡を渡ってくる舟がある。何の舟かは聞くな。役所の燈台が消えてるもんだから、難儀しとる。岩も浅瀬も、闇ん中じゃ見えん」
「それで」
「燈りを売る。岬の上でカンテラを振って、澪の筋を教えてやる。舟一杯につき米二升。あんた、光の商売は玄人だそうじゃないか」
わたしは断らなかった。断る理由を、二升の米より重く積めなかったのである。
二
仕事は覚えるほどのこともなかった。
日暮れに岬へ登る。燈台の根方の、風のよけられる岩陰にカンテラを据える。沖に舟影が出たら、長く二つ、短く一つ。それが「寄れ」である。舟が岩場に近づきすぎたら、短く続けて振る。それだけで、舟は闇の中を、糸で引かれるように桟橋の裏へ入ってくる。
舟が何を運んでいるかは、すぐに知れた。米や砂糖の夜もあったが、たいていは人だった。海峡の向こうから、切符も名簿もなしに渡ってくる人間である。桟橋の裏で、人影が十いくつ、音もなく上がって、闇に散る。上がる前に、亀谷の若い衆が一人ずつ手を出させるのが、崖の上からも見えた。
燈台守というのは、来る者を選ばぬ商売だと、子供の時分に読んだ本にあった。わたしのは選ぶほうの商売だった。銭を払った舟にだけ、この海峡は岸を見せる。
それでも、と思っていた。消えているよりは、ましだろう。
半月ほどして、亀谷が岩陰にもう一つ、印を付けた。最初の岩から西へ半丁、崖が内へ抉れて、下が暗礁になっている場所である。
「払いの済んどらん舟が来たら、こっちから振れ」
「ここから振れば、舟は」
「岩に乗る。荷は流れ着く。うちの若い衆が拾う」亀谷は事もなげに言った。「燈りは、点いてるだけじゃ商売にならんのだ」

三
西の印は、長いこと使わずに済んだ。払わずに渡ろうという舟が、そもそも少なかったのである。
十一月の終わりの晩に、それが来た。
風の強い晩で、沖はところどころ白く崩れていた。舟影は小さく、喫水が深い。荷を積みすぎているのだ。亀谷の若い衆が崖を登ってきて、息を切らして言った。
「その舟だ。仲介の払いが半分しか届いとらん。親分が、西から振れと」
わたしはカンテラを提げて、崖の縁を西へ歩いた。半丁の道のりを、あの晩ほど長く歩いたことはない。歩きながら、探照灯の係だった時分のことを考えていた。わたしの光が海の上の何かを掴まえると、あとは砲の仕事だった。光は指すだけである。指した先で起こることは、光の責任ではない。三年半、そう思うことで勤まった係だった。
西の印に立って、沖を見た。
舟は減速して、こちらの合図を待っていた。あれだけ深く沈んだ喫水は、米では出ない。人である。板子一枚の下に、切符のない人間が、膝を抱えて詰まっている。払いが半分だという。半分は、払ったのである。
わたしはカンテラを掲げて――東へ歩き出した。
歩きながら振った。長く二つ、短く一つ。いつもの岩陰まで戻って、いつもの筋へ、いつもの通りに引いた。舟は素直に糸に付いてきて、桟橋の裏の闇へ入った。人影が上がって、散るのが見えた。数は、十七まで数えた。
※
翌る朝、浜で亀谷の若い衆に囲まれた。殴られるだけ殴られて、米の払いは無しになった。亀谷は最後に一度だけ顔を寄せて、燈りの字も読めん男だと思わなかった、と言った。読めるから振ったのだ、とは言わなかった。言っても通じる勘定ではない。
四
春に、役所の順番が来た。
新しいレンズが貨車で着いて、燈台に灯が入った。試験点灯の晩は、町中が浜に出た。灯は十二秒に一回、海峡をひと撫でして、水の上の岩も浅瀬も澪も、みな平等に白く浮かせた。銭を払った舟にも、払えなかった舟にも、同じだけ見せる。役所の光とは、つまりそういうものである。
亀谷の商売は、その晩かぎりで畳まれたと聞く。燈りが只になった海峡では、闇は売り物にならないのである。
わたしはいまも荷揚げをしている。夜、桟橋で一服つけると、十二秒に一度、岬の光が顔を撫でていく。
あの晩の十七人が、どこへ散ってどうなったかは、知らない。知らないままでいいのだと思う。光は指すだけである。指した先のことは、指された者のものだ。
ただ、東の岩陰にはいまでも、カンテラの油の染みが黒く残っていて、わたしはあれを、自分の点けたいちばん上等の燈りだったと、勘定だけはしている。
定価は、取り損ねたが。
— 完 —