カストリ文庫
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第十號

席替へ

死んだ者ほど、寫りの良い席を欲しがる

2,338字#幻想#人情

夜の写真館の暗室。赤い安全灯の下、現像バットの中の家族写真を覗き込む白衣の写真師
挿繪 夜の写真館の暗室。赤い安全灯の下、現像バットの中の家族写真を覗き込む白衣の写真師

写真師の商売は、居るものを写すことだと思われている。近ごろのうちの商売は、その逆である。

居ない人を、居たことにする。

合成写真、と言えば聞こえは新しいが、やることは古い手品だ。家族の写った種板たねいたと、死んだ人の写った種板と、二枚を重ねて一枚に焼く。境目は筆で殺す。仕上がりを見て、素人に継ぎ目の分かる仕事は、うちではしない。

注文は、戦争が終わってから増えた。当り前である。写真というものは撮り直しがきくから写真なのだが、撮り直しのきかなくなった家が、この町には多すぎた。出征前に一枚も家族写真を撮らなかった、せめて一枚、皆で並んだ形が欲しい——そういう客が、月に二人、三人と暖簾をくぐる。

わたしは断らない。値段も吹っかけない。ただ、注文を受けるとき、決まってひとつだけ訊くことにしている。

「亡くなった方は、どちらへ立たせましょう」

たいていの客は、ここで初めて泣く。

昭和二十二年の秋に来た細君は、泣かなかった。子供をふたり連れて、亭主の写った名刺判を一枚、風呂敷から出した。歩兵の軍服で、生真面目に顎を引いた男である。

「端で結構です」と細君は言った。「真ん中に置くと、仏壇みたいになりますから」

もっともな見立てだったので、わたしは男を右の端に立たせた。細君と子供らを店の 書割かきわりの前に並べて撮り、暗室で二枚を合わせ、四つ切に焼いて渡した。良い出来だった。男の靴の影まで、床に描き足しておいた。

暮れに、細君が焼増しを頼みに来た。田舎の舅に送るのだという。同じ種板から、同じ印画紙に焼いた。

上がりを見て、わたしは焼き直した。焼き直して、また焼き直した。

男の立ち位置が、違うのである。

種板の上では、男は右の端にいる。ルーペで確かめたから間違いない。ところが印画紙の上では、男は半歩、内へ寄っていた。三枚焼いて、三枚とも同じ場所に寄った。ずれた、という焼き方の話ではない。男だけが寄って、床に描いた靴の影が、律儀に男へ付いて行っているのだ。

わたしは黙って納めた。細君も何も言わなかった。ただ、受け取った一枚をながいこと見てから、「この人は、席を決めるのが下手でしたから」と言った。

年が明けて、また焼増しが来た。男はさらに半歩、寄っていた。

慣れというのは恐ろしいもので、二年もすると、わたしは死んだ人の癖が読めるようになった。

死んだ者は、写真の中で席を替える。動くところは誰も見たことがない。ただ、焼くたびに、居どころが少しずつ違う。生きている家族のほうは、種板に義理堅く、寸分も動かない。動くのは、こちらが継ぎ足した側だけである。

癖は、人によって違った。

日本橋の隠居は、最初から真ん中に据えてくれと遺族が言うので真ん中に置いたが、焼増しのたびに少しずつ反り返り、しまいには写真の中でいちばん威張っていた。生前もそうだったそうである。若い一等兵は、どう焼いても母親の斜め後ろへ回り込んだ。嫁に立たせた娘の隣を空けてやっても、行かなかった。母親は焼増しを七枚頼んだ。七枚とも、息子は同じ場所にいた。

「うちの子は、これでいいんです」と母親は言った。「前へ出る子じゃ、なかったんです」

可笑しかったのは、ある士官の写真で、これは姑と並べると必ず一歩離れ、飼い猫を抱いた末の妹の側へ寄って行った。三度目の焼増しで、士官の指が猫の頭のすぐ上まで来ているのを見たときは、暗室でひとり、声を出して笑った。笑ってから、少し泣いた。

一枚だけ、勝手の違うのがあった。

南方で戦死公報の出た男を、女房子供の写真に合わせたのだが、この男だけは何度焼いても顔が外方そっぽを向く。種板では正面を向いているのに、焼くと横顔になる。席も、寄るのではなく、焼くたびに端へ、端へとにじり出て、四枚目にはとうとう半身が画面の外へ出かかっていた。

まるで、居たことにされるのを、写真のほうが厭がっているようだった。

わたしは女房に、焼増しをしばらく待つよう言った。訳は言わなかった。言えるような訳ではない。

その男が復員ふくいんして帰ったのは、翌年の夏である。公報が間違っていた。写真は、嘘を承知で引き受けるが、度を越した嘘は、ああやって画面の外へ逃がすものらしい。帰った男は店に来て、自分の合成写真を一枚くれと言った。「俺の葬式写真だ、酒のさかなになる」と笑っていた。渡した一枚の中で、男は初めて正面を向いていた。

赤い安全灯の暗室で、焼き上がった数枚の家族写真を並べて見比べる写真師。写真の中の一人だけ、立ち位置が一枚ごとに違っている
挿繪 赤い安全灯の暗室で、焼き上がった数枚の家族写真を並べて見比べる写真師。写真の中の一人だけ、立ち位置が一枚ごとに違っている

最初の細君は、それからも年に二度、焼増しに来た。盆と、暮れである。

亭主は焼くたびに半歩ずつ内へ寄り、三年目の暮れに焼いた一枚で、上の子の肩の、すぐ後ろまで来た。手を伸ばせば肩に届く。そういう間合いである。

次の盆に焼いた一枚も、その次も、男はそこから動かなかった。反り返りもせず、隠れもせず、子の肩の後ろに、生真面目に顎を引いて立っている。席替えは、終わったのだった。

「ここが、あの人の席です」と細君は言った。「生きてるうちは、こんな近くに立ちゃしませんでしたけど」

それから急に、いたずらの見つかった子供のような顔になって、付け足した。

「あの人、写真が嫌いで。見合い写真も、逃げ回って撮らせなかったんですよ。それがまあ、死んでから、こんなに何枚も」

商売柄、白状しておくことがひとつある。

うちの帳場の柱に、家族写真が一枚掛けてある。女房と、わたしと、出征前に死んだ兄が並んだ写真だ。兄の写真嫌いは亭主どころではなかったから、むろん合成である。継ぎ目は、わたしが筆で殺した。

兄は五年かかって、いま、わたしの隣にいる。最初は端に置いたのだ。焼増しの注文主はわたしで、焼くのもわたしだから、この五年の席替えを、世間はただの焼きむらだと言うだろう。

言わせておく。

こちらは、写真師である。継ぎ目の見える仕事と、見えない仕事の区別だけは、誰よりもついているのだ。

— 完 —

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