カストリ文庫
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第六號

利息

この店で嘘でなかったのは、利息だけである

4,241字#恋愛#人情

夜の質屋。帳場格子越しに、若い女が小銭を差し出し、格子の内には真鍮の懐中時計と朱の判の捺された質札が置かれている
挿繪 夜の質屋。帳場格子越しに、若い女が小銭を差し出し、格子の内には真鍮の懐中時計と朱の判の捺された質札が置かれている

質屋は、訳を訊かない。

親父に教わったことは山ほどあるが、守っているのはこのひとつだけである。訳を訊けば、貸せなくなる。質屋の帳場に運ばれてくる訳というものは、十のうち十まで、金を貸したくなくなる訳だからだ。

親父の口癖は決まっていた。物は嘘をつかん、嘘をつくのは人だけや、うちは物と商いをしとるんや——だから帳場では人を見るな、目は物にだけ使え。そう言い言い、親父は四十年、下谷の裏通りで暖簾を守った。蔵が焼け残ったのは運である。親父は終戦の翌年に死に、わたしが二十六で帳場を継いだ。

質屋には良い時代だった、と言えば聞こえは悪いが、実際、店は忙しかった。着物が米に化け、指輪が薩摩芋に化ける時分である。預かって、貸して、流れて、売る。帳場格子のこちら側に座っていると、世間の別れというものが、値札を付けて運ばれてくるのがよく分かった。

その女が来たのは、昭和二十二年十月の、二十八日の夕方である。

格子の下から差し入れられたのは、男物の懐中時計だった。手に取ると軽い。蓋の鍍金めっきは縁から剥げて、下の真鍮が正直な色を出している。竜頭りゅうずを巻いても動かず、針は四時十分を指したきりだ。裏蓋を開けるまでもない。夜店に並べて十円、それも売り手の口が上手ければの話である。

目は物にだけ使え、である。だがわたしはこのとき、生まれてはじめて親父の教えを破り、質草しちぐさより先に、客の手を見た。

冬にはまだ間があるのに、指先だけ赤く荒れた手だった。左の人差し指に、針で突いた痕が、胡麻を撒いたように散っている。洋裁で食っている手である。その手が、店に入ってから一度も、袖の中に隠れなかった。

「五十円、お貸し願えますか」

女は値を訊かなかった。はじめから、貸すか貸さぬかだけを訊いた。

わたしは時計をもう一度手に取り、あらためて眺めるふりをした。眺めるも何も、見立てはとうに済んでいる。十円の真鍮である。わたしの目は親父に仕込まれた目だ。狂ったことは、一度もない。

「五十円、お貸しします」

帳面の質草の欄に、わたしは、金側懐中時計、と書いた。わたしがこの帳場でついた、最初の嘘である。質札に名前と所書きをもらった。三原澄江。歳はわたしのふたつ下だった。利息は月に四円五十銭、期限は三月みつき。女は札を帯の間に納め、ていねいに辞儀をして、雨戸の閉まりかけた通りへ出て行った。

裸電球の下、帳場格子の内側で蓋を開けた懐中時計を検分する若い質屋。格子の向こうに、針の痕のある女の指先が見えている
挿繪 裸電球の下、帳場格子の内側で蓋を開けた懐中時計を検分する若い質屋。格子の向こうに、針の痕のある女の指先が見えている

利上げというのは、期限を延ばすために利息だけを入れることである。翌月の二十八日、三原は四円五十銭を持って来た。その翌月も、二十八日に来た。

それからずっと、二十八日である。

はじめの月は、挨拶だけだった。次の月は、寒くなりましたと言った。その次の月は、帳場の隅の火鉢に目をとめて、炭はいまいくらします、と訊いた。ひと月にひとことずつ、話が長くなった。四円五十銭の利息にそんなおまけが付くとは、質屋を継ぐまで知らなかった。

三原は請け出すとも言わず、流すとも言わなかった。利息だけを、判で捺したように払った。雨の二十八日も、省線の停まった二十八日もあったが、来なかった二十八日はなかった。

六月に夕立が来た。帰りぎわ、傘もないまま暖簾を出ようとするので、わたしは店の蝙蝠傘こうもりがさを貸した。流れ品である。翌月の二十八日、傘は曲がった骨を直して戻ってきた。物を預かって金を貸すのが質屋の商売だが、その逆をやったのは、あれがはじめてである。利息は、傘の骨一本ぶん。悪くない商いだった。

請け出しの客というものは、いい顔をして帰る。暮れの二十八日、三原と入れ違いに、嫁入りのときの帯を請け出した女が出て行った。ああいう顔を見るのが、この商売の数少ない役得である。三原は敷居のところで道を譲り、帯の包みを、目だけでしばらく追っていた。こちらへ向き直ったときには、いつもの顔に戻っていた。わたしはその晩、蔵から三原の時計を出して、意味もなく包みの布を替えた。

訳は訊かない。作法だからではない。もう作法などではなくなっていた。訊いて、答えの中に亭主なり許婚いいなずけなりが出てくるのが、わたしは怖かったのである。男物の時計なのだ。誰の物かと考えれば、考えられることは限られている。わたしは考えない稽古をした。質屋は訳を訊かない。つくづく、ありがたい商売である。

そのかわり、手だけは見た。物を見ろと親父は言ったが、考えてみれば手も物である。針の痕が増えれば仕事が忙しいのであり、指の荒れが引けば石鹸が買えたのである。帳場格子の隙間から月にいちど覗く手の甲が、わたしの読む、唯一の身の上話だった。

店の隅の流れ品の棚に、時計師の道具函どうぐばこがひとつある。戦地から戻らなかった職人の質草で、期限はとうに過ぎたが、親父はなぜか売らずに置いた。わたしも売らずにいる。ある二十八日、三原がその函に目をとめて、あれは、と訊いた。流れ品です、とわたしは答えた。持ち主が、請け出しに来ませんので。三原はしばらく黙って、それきりその話はしなかった。

昭和二十四年の二月、二十八日に、三原は来なかった。

月が変わっても、来なかった。時計の期限は二月の末で切れている。決まりの上では、あの真鍮は流れたのである。流れ品は店に出す。それが商売だ。

わたしは時計を、店には出さなかった。夜、雨戸を閉ててから帳面を開き、三原の欄に、二月分利息入、三月分利息入、と書いて、自分の財布から九円を金箱に移した。質札の控えに印肉の朱で判を捺すと、嘘がひとつ、役所の書式で本物になった。裸電球の下で、針の止まった時計が、こちらを向いていた。

これがわたしの、二度目の嘘である。最初の嘘の利払いを、わたしは自分でしていたことになる。

所書きを頼りに見舞いへ行くことも、できなくはなかった。根岸の町名は、月々の札を書き替えていれば厭でもそらんじる。いちどだけ、御行おぎょうの松の下まで行って、引き返した。質屋が質草の訳を訊きに行くようで、どうしても、その先の角が曲がれなかったのである。

夜更けの帳場。裸電球の下でひとり帳面に偽りの入金を書き入れる若い質屋。傍らに針の止まった懐中時計と朱肉が置かれている
挿繪 夜更けの帳場。裸電球の下でひとり帳面に偽りの入金を書き入れる若い質屋。傍らに針の止まった懐中時計と朱肉が置かれている

四月の二十八日に、三原は来た。ふた月分です、と倍の金を格子の下から差し入れた。頬のあたりが、削いだように薄くなっていた。

「いただいています」とわたしは言った。「帳面をご覧なさい」

三原は格子越しに、逆さまの帳面をながいこと見ていた。二月分利息入。三月分利息入。筆跡は、隠しようもなくわたしのものである。三原は何も言わなかった。倍の金から今月のぶんだけを置いて、残りを財布に戻し、いつもの通りに辞儀をして帰った。

訳は、やはり訊かなかった。ただ、その日の指から針の痕がきれいに消えていたことだけは、書いておく。痕が消えるというのは、針を持てなかったということである。痕は夏のころからまた少しずつ増えて、秋には元の胡麻に戻った。わたしはそれを、快気祝いのつもりで眺めた。

昭和二十五年の暮れに、わたしは算盤を入れてみた。三年あまりの利息は、締めて百七十円になる。元金五十円の、三倍を越えた。

質草は、請け出されれば店を出て行く。流れれば、これも店を出て行く。どちらへ転んでも、二十八日は終いになる。終わらないのは利息だけだ。考えてみれば妙な帳場である。金側と書いた帳面も嘘、真鍮の見立てを黙ったのも嘘、二月と三月の入金も嘘。この店で嘘でなかったのは、三年のあいだ、利息だけである。

その冬、わたしは夜ごと、流れ時計師の道具函を開けた。中の道具はどれもよく使い込まれ、柄という柄に持ち主の手の脂が沁みていた。素人のわたしの指を、道具のほうが憶えている手順へ連れて行く——そんな晩が、いくどかあった。幸い、壊れているというより、油が切れて埃を噛んでいるだけの時計だった。師走の半ばに、真鍮は動いた。四時十分から針が動き出したとき、わたしは思わず、電球の下でひとり、頭を下げた。誰にかは知らない。道具の持ち主にか、時計にか。

十二月二十八日は、雪になった。

三原はいつもの刻限に来て、いつものように四円五十銭を、格子の下から差し入れようとした。わたしはそれを受け取らず、布に包んだ時計を、格子の下から押し出した。

「お返しします。利息が元金の三倍を越えました。これ以上いただくと、質屋ではなく、高利貸しになります」

三原は包みを開いて、時計を掌にのせた。それから小さく、あ、と言った。

「動いています」

「直しました。長く、お預かりしましたので」

三原は掌の時計をながいこと見てから、顔を上げた。

「あのとき——五十円と申しましたのは、断られるつもりだったんです。あれが真鍮だということは、買ったわたしが、いちばんよく存じています。夜店で、十円でした。質草になるものが、ほかに何も、なかったものですから」

「存じていました」とわたしは言った。「見立てだけは、狂わないのです」

「帳面も」と三原は言った。「あの春の帳面、逆さのまま読めました。型紙を裏から読む商売ですので。……読めましたけれど、申しませんでした。申し上げたら、二十八日が、なくなると思いましたから」

雪の音だけがした。やがて三原は時計の蓋をそっと閉じて、格子の向こうから、まっすぐにわたしを見た。

「請け出してしまったら、もう、伺う理由がありませんね」

わたしは帳場を立った。潜り戸を開けて、生まれてはじめて、客の側から自分の店を見た。帳場格子というものは、内から見れば世間を細切れにする道具だが、外から見れば、狭い檻である。三年のあいだ、わたしはあの中から、月にいちど四円五十銭で、世間を覗いていたのだ。

「空いた二十八日を」と、わたしは言った。「質に取らせていただけませんか」

三原は時計を持った手を胸に当てたまま、少し笑って、訊いた。

「流して、くださいますか」

「流します」とわたしは言った。「二度と、お返ししません」

いまも店の帳場には、格子の内側に机がふたつ並んでいる。帳面は澄江がつける。わたしより字が良く、わたしと違って、嘘を書かないからである。

真鍮の時計は帳場の柱に掛かっていて、毎朝、店を開ける前に澄江が竜頭を巻く。あれからいちども、止まっていない。二十八日だけは、うちは早じまいである。

請け出しの済んだ質札は、返してもらって反故ほごにするのが決まりだが、澄江はあの札を返さなかった。いまも簞笥のどこかに仕舞ってあるらしい。三年ぶんの判を捺した朱も、そろそろ褪せたころである。

親父は言った。物は嘘をつかん、嘘をつくのは人だけや、と。まったくその通りである。ただ、親父の知らなかったことが、ひとつだけある。

人の嘘も、利息を払い続ければ、いつか、まことになるのである。

— 完 —

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